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おくのほそ道 角川ソフィア文庫
月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
からはじまる有名な一節を古典の授業の時暗記させられたのを思い出した。
有名な一節だから、まだ覚えているけど、俳句の省略の多さには驚かされた。
古典はそもそも主語などがよく省略されて問題に使われるくらいなのだが、最初のシーンでの一句
草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
という一句に自分の家を譲る意は感じられたのだが、「雛の家」の部分だけで今度新しく入る一家に女児がいることまで匂わせる省略性の強さに驚かされた。
随分深く読まないと分からないが、解説もあってようやく真意を読み取れる。
俳諧の旅に出ても、実際がイメージと違う事もあったりするのだが、それでもとにかく出掛けていこうという芭蕉の精神が好きだ。
とっくに廃止されていた白川の関を句に詠んだり、多賀城碑と壷の碑を混同したりしている。
芭蕉の時代の古典で書かれている土地を訪ねても、私たちが芭蕉の旧跡を訪ねる以上の時間が経っている場所もあるのに実際に目で見てみようとするその意気がよい。
自分も写真で見たり、本で読んだ場所へ行っても「なんだこんなもんか」というくらいの場所もあるが、いってみない事にはわからないし、また、気候などにもイメージは左右される。
それでも簡潔すぎるほどの短めの文章で旅を綴っていく。
短くともその土地の雰囲気を伝えるのが流石だ。
当時の旅は今よりさぞ大変だろうと思う。
芭蕉は徒歩中心で足も速かったみたいだが、馬を雇ったりするシーンもあるから資金面ではパトロン的な存在でもいたんだろうか。
実際、飯塚温泉で腹痛に襲われている。
自分も腹が弱い方なので昔はよく行事などに限って腹痛に襲われたが、同行者曾良がいても旅先で病に襲われるのは心細いだろうと同情する。
景勝地で有名な日本三景松島での「松島や ああ松島や 松島や」が芭蕉作でないというのをこの本で気付かされた。
恥ずかしい事に、観光用の宣伝コピーらしいのだが、それが本物だといままでなぜか思っていた。
結局松島で一句も発しないのがかえって松島への絶賛のように思えてきた。
松島の3つの段をいれかえているのが曾良の「随行日記」からわかるようだが、あえて入れ替えたのも松島のイメージを深めるための文学的構成なのだろうか。

逆に一章に2つ芭蕉の句がある平泉は、これも古典の時間に見たもので、しかも子供の頃実際に行った土地だからいろいろ思い出される。
たしか行ったのが夏で、だから「夏草や兵どもが夢の跡」の句は子供ながらに知っていたし、なんとなく句のイメージは掴んではいたかもしれないが、歴史的知識の背景も手に入れてからもう一回見ると無常観がさらに味わい深く感じられた。
立石寺の話も教科書に載っていたし、ここもその時の旅行で行った。
「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」の句もしっていたから、実際にいってみて本当に蝉が鳴いていると時代が巻き戻ったような感覚を子供ながらに覚えたのを思いだした。
そのときはシーズンだったが、境内にあまり人は居らず、子供に寺なんてあまり興味を惹かせないから、「閑かさ」が妙にイメージに残っていて、たまたま目に入った所に庭石くらいの石があって、それで蝉の声もしていたからタイムスリップの準備は出来ていたからいまだに記憶に残っているのか。
この本には写真も載っているから水墨画のような立石寺が記憶を蘇らせてくれる。
ちなみにこの蝉はなに蝉か?という話が載っていて、この本は「ニイニイゼミ」が有力と書いてあった。
その後の最上川にも行っているから東北の観光コースをそのままいくような旅だったらしい。
「五月雨をあつめて早し最上川」これもやっぱり有名だから知っていた。
実際に川下りもやったけど、それより前に保津川下りをやっていて、むしろ保津川の方が怖かったと子供心には思っていた。
むしろ船頭さんが妙にユーモアのある語り口だったような気がする。
五月雨を集めていなかったから恐怖が少なかったかもしれない。

気になる句がいくつかある。
この前読んだ平家物語にも出てくる斎藤実盛の関連の句だ。
小松の多太神社というところにその実盛の遺品があるようだ。
実盛は最後の戦いに向けて白髪を染めてまで出陣した武将だが、ここでの一句は
「むざんやな甲の下のきりぎりす」実際に実盛の首を見た武将が「むざんやな」と嘆じた所かららしいが、
どうにも語尾が関西弁に聞こえて仕方ない。
だとしたら意味が全然違う方向へ行ってしまうし、なんだかコミカルに思えてしまう。
もう一つは那谷寺での一句「石山の石より白し秋の風」
石山の解釈が那谷寺の石なのか石山寺のことなのかという解釈もあるようだが、四季の色がそれぞれあることに驚いた。
古代中国では春は青、夏は赤、秋は白、冬は黒というそうだ。
なんとなくイメージ的には分かるが、冬は雪の白のほうが合うような気もする。

そして個人的に一番気に入った句が尾花沢での「這い出でよ飼い屋が下の蟾の声」
という句で、その前に怖い山越えを経験してほっとしたときに、床下にいるひきがえるに語りかけるというのんびりした空気がいい。
どうにも景色を詠む句にはかなり芸術的な句が多いが、日常の景色を詠んだこの句は妙にほっとさせられる。

最後の一章まで簡潔ながら、つぎの旅への予感を残して終わっているが、
当時の動物性の栄養不足の食事の中であちこち歩き回れるのは体力よりむしろ精神なのだろう。
その不屈の精神には敬意をはらうしかない。

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