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平家物語 角川ソフィア文庫 ビギナーズクラシックス
このシリーズは入門用といった趣で、随所に解説や注がある。
原本を読む前に世界を知るというような用法に向いている。
巻末には物語りに出てくる場所などの親切な解説もまとめられている。
歴史的に名高いこの物語は、前半は平家の隆盛、後半の落日との対比の構造が哀愁をさそう。
この作品のキーワードは「無常」ということらしいが、巻第一の祇園精舎の一節、これは中学の時に暗唱させられて覚えているが、これが平家物語の世界を一番最初にして表しているようにおもう。
人も物事もついには滅びてしまう、無常という仏教語の教えがにじみでてくる。
有名な一節をわざわざ暗唱させるだけのことはある。
世間では今もおごった物の最期は変わらず無常である。
源平の合戦の模様は、前の大河ドラマ「義経」でも描かれたが、各武将でも評価の違うと思われる武士も居る。
巻第四で、歌人としても名高い頼政と、後に滅亡の時の当主になる宗盛とが対比されている。
この二人はドラマでの評と大体合っているかに思える。
逆に意外と評価が高くないのは義経で、一の谷でとった平家の首を引き回すよう主張したと言われているし、壇ノ浦では平家方の煽り言葉ゆえの事かもしれないが、「色白で背が低く出っ歯の義経」と煽られている。
その反対に、平家方でも勇将として教経が描かれているが、これはあんまりドラマでは出ていたか記憶にない。
それほどちゃんとドラマを見ていなかった気もするが。
教経は豪腕で、強力の源氏方武将の兄弟2人を脇にはさんで壇ノ浦の海に沈んだという。
もう一人の平家の勇将、知盛は「見るべきほどの事をば見つ」という名台詞を残して海に沈んだが、歴戦の武将で、ドラマでも平家の中で少ない武将らしい武将のように描かれていたから、物語とは記述が合う。
自分も死ぬ時にはこんな台詞が出せるだろうか、と思うほどの台詞だが、見るべきこともやるべきことも終わってから死ねればいいと思うような、心にしみる一言だ。
平家の中でも謀略で生きのびたような人も居る。平時忠がそれで、「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」と言い放ったと言われているあの人物だ。
壇ノ浦の後、女に弱い義経に美人の娘を嫁がせ自分に関する証拠書類を取り返して処分したという。
臭い立つような人物だ。「おごれる者」の代表格のような人物は、策略によって命は拾ったのであった。

物語を読むと、当時の戦は意外にも情報戦の側面があることもうかがい知れる。
巻第十二で義経が土佐坊に襲われる際、静の情報で察知したという話などもそうだ。
白拍子という当時の芸能職は、情報にも精通していたようで、スパイのような側面もあったのであろうか。

武士の死に際にこそ本性が出ると思わされるシーンがある。
義仲の死のシーンや、白髪を染めてまで最後の戦いに挑んだ老将斎藤実盛などの話は、古典の問題で呼んだこともありもう一度見るとなかなか深く読める。
競という武将に騙されるシーンもある宗盛だが、その実盛に大将用の直垂を許す情も見せている。

この物語で、個人的にハイライトであると思う部分はやはり敦盛最期のシーンである。
17歳の美青年敦盛を熊谷次郎直実が討ち取るシーンだ。
我が子と同年代の相手を討ち取る苦悩が涙を誘う。
この場面も古典の授業でやったおぼえがあり、「泣く泣く首をぞかいてんげる」
の「かいてんげる」という言葉がなぜか面白いと思ったのか、よく覚えている。
「あはれ、弓矢取る身ほど口惜しかりけることはなし」という一言に武士のすべてが詰まっているように思えた。
高校が宗教校だったので、直実がのちに帰依する場面が描かれたものを見た事があるが、地元では後ろをむいたまま馬に乗る祭りがあるほど忠信の篤いものだったと書かれていた。
そういう質実剛健なものがこの場面にはよく合っている。
のちに能や幸若舞などに脚色されるのもわかるし、後世に残る名場面だと思う。
この物語こそ武士道の始めではないかと思われる。

この本は最後で作者は誰なのか?という点に触れているが、そもそもこれは平家の霊をなぐさめるための一共同事業とする説を出している。
そのなかでキーになる人物として慈円が出てくるが、史論「愚管抄」で知られ、日本史をやった人には記憶があるかもしれないが、歴史をまとめようという意欲があった人物のように思われる。
博学であるし、当時の天台座主で九条兼実の弟という身分もこの事業を成し遂げるにはよいように思う。
先ほどの直実も、兼実もともに法然に帰依したという共通項からひょっとするとやはり慈円は関係者なのかもしれない。
どのみちこの物語をつくるという事業は、1つの家の歴史描くにとどまらず、日本の精神にも影響を大きく与えた事だけは確かに思えた。

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