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読書~百鬼園随筆 内田百 新潮文庫
新潮の百先生のシリーズの表紙はどれも好きだ。
この本のカバー絵はなんと芥川龍之介の絵だった。
表紙からして、随分人を食ったようなユーモラスな感じを受けた。
カバー写真のような、飄々とした先生の抽象化されたような絵だ。
さて、百鬼園先生のイメージといえば、先に阿房列車シリーズから読んだ私からすると、借金のプロだというイメージだ。
用もなく汽車に乗るためにわざわざ借金する。
常人にまず考えられないようなことをやってのける人だが、
今回はあちこちにその借金の話題がでている。
詳しい金の借り方や、そのやりとりの詳細も載っていて、一見借金の指南書のようだ。
だが全体としては自らの体験談なのに他の人物の配置が絶妙で、人物にキャラクターを与えていく様子は、まるで夢の世界のようだ。
百鬼園先生自身が夢をよく見ているように書かれているが、
その文体は読み終わってみると結局ここに書かれていることはあったんだかなかったんだか分からなくなりそうになる。
そして楽ともいえない自分の生活を、客観的に、冷静に見つめている。
自分を見る目が随分冷たいとさえ見える。
だから他者の目で見ると、先生のことをあっさり笑えてしまう。
なんだかつかみ所がなく、浮いてばっかりのように思えるが、
それをいきなりひっくり返されるシーンがある。
この乾いた文体は、実はハードボイルドだったのか、と思わされる。
それは、梟林漫筆という章の、8節目にあった。
昔世話になった人の死の知らせを受け取って、先生がその宅を訪ねるシーンだ。
未亡人に花を渡して、泣きそうになった後、その家を出て、
「私は、ただ自分の心に隠しておいてすむ事を、何の必要もないのに、勝手に自分に一種の情を満足させようとして、気の毒な未亡人に新しいそそったではないか(中略)私はその心持を自分に向かって弁解する必要も、証明しなければならない不安もない。けれども、その心を外に表すのはただ私の我儘と勝手である事に気が付かなかった。私は自分の道徳を利己主義で行った道義上の野蛮人であった。」
この一節をみて、私はいきなり胸が締め付けられたような気がした。
いままでの自虐的ユーモアからいきなり雰囲気が変わった。
人は自分の思うように動くものである。社会上の制約以外は、すきに動きたがる。
ところが先生は自己の道徳を満足させるためにした行動を、自ら皮肉に非難した。
私もいままで何回か葬儀を経験してきた。
そこでは人は悲しむものだが、もし悲しめない状況があるとしたらどうか。
「体裁が悪い」というように感じるかもしれない。
それは本当に悲しいとかではなく、自分を納得させるかどうかではないかと思う。
社会的には先生のしたことは義理としては正しいとも思える。
しかし先生は自らをここでも冷静に見つめ、自己中でやったと告白した。
今まで私が社会で演じた仮面の内側をえぐられる様な気分になった。
その場の顔でいろんな場面を私たちはくぐり抜けてきたはずだ。
先生の後悔の言葉に、私は本当の悲しみとか、哀悼の意ってなんだろうかと考えさせられた。
私はもし身内に不幸でもあったら、自己中でなく振舞えるだろうか。
儀式としてしか、人の死も見れないようになるのだろうか。
ユーモア随筆からいきなり飛び出した一撃で、自分にも冷静な見方を要求される。
その配置に見事にやられてしまったのである。
その後はまたいつものスタイルに変わり、お金や男女の違いを奇人と思われるほどの語り口で語っていく。
そして最後はまた隣家の人の死に絡んだ話で奇妙な余韻を残して終わる。
まず笑わせ、次にはっとさせ、次にまた笑わせ、またしんみりさせられる。
うまく先生の波に乗せられたような気がした。
もっとも先生は笑わせる気で自分を書いたのではないかもしれないけど。




予約宿名人



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百鬼園随筆
拝啓 65歳の今頃になって、「百鬼園随筆」を読んでいます。遅すぎたのではないかと思いながら、65歳の読み方もあるのではないかと。漱石の晩年の弟子として、優れた俳人として。百先生の,奇人変人の裏返しのような、「梟林漫筆(8)」の随筆に感動して、あなた様のブログに行き当たりました。百先生は、赤穂四十七士が嫌いだったこと。1918年、芝高輪車町47番地の「天沼さん」を弔問したこと。天沼さんは、旧制六高のドイツ語の先生だったこと。俳句を詠んだこと。この随筆を素直に読んで、その哀切さにひどく、心が動きました。未亡人と三歳ほどの遺児のことが気にかかりました。赤子は今、生きておれば90歳を越えているでしょう。「天沼さん」とは、誰のことか。なにかhintがあれば、ご教示ください。(ある名誉教授に天沼さんがいますが、なにか手掛かりがあるか消息してみるつもりです。)
ご自愛のほど祈ります。/E
【2009/08/27 13:35】 URL | haratetsuya1 #LdJdvyso [ 編集]


ながらく放置してしまいすいません。
私も最近は百先生の文章を読むこともできないまま過ごしていました。
内容についても、研究者でもないため、御質問の事項についても詳しくはわかりません。
しかし、各種掲示板やコミュニティーサイトなどではやはりファンの方々がかなり細かい事まで知識を持っていられるようなので、その方々に尋ねられるのがよいかと思います。
コメントをいただきありがとうございました。
【2009/09/06 12:42】 URL | srail #- [ 編集]


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