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青春18きっぷの旅2008 越美北線と一乗谷
今日は越美北線(九頭竜線)に乗る。
まずは京都から特急に乗りこんで、湖西線を経由していくが、
トンネルを抜けた先でいきなり景色が変わった。
周りは深い霧で、かなり視界が悪い。
いつもなら見え始めるはずの琵琶湖もまったく見えない。
案の定列車は速度を落とし始め、徐行する旨のアナウンスがはいる。
福井での接続時間は7分である。絶望的ではあるが、今回は少し余裕を持たせてある。
一乗谷を見学する予定にしてあるが、それを明らめれば大枠ではなんとかなる。
そう思ってもう目をつぶっている事にして、
しばらくして目を開ければ以外にも霧が晴れ始め、琵琶湖が見えてきた。
結局敦賀には三分ほどの遅れで着き、その後さらに回復して福井にはほぼ定時となった。
久々に北陸に来たら、福井駅も改装されて高架駅になっている。
どうにも前の駅の記憶がたどれない。
一旦改札を出て弁当を仕入れに行って、なんとか越美北線に乗り込んだ。
列車が発車すると年度末というわけではないだろうが、川で工事が行われている。
この高架にしてもそうだが、コンクリートの建物はどうにも均一的すぎる。
工業用品は規格が統一されていてこそのものだが、それがおもしろみを削ぐのかもしれない。
もっとも建造物は堅牢さがまず第一だとは思うが。
しばらく走ると南福井とかかれた貨物駅の看板が見える。
国鉄時代はここが越美北線の起点で、あの「時刻表2万キロ」でも作者を悩ませる一因ともなっていた。
今は越前花堂が起点とされていて、ややこしさはなくなった。
北陸本線とはわかれ、少し離れたところにあるホームに着く。
ここからが未乗ということになる。
この駅名は「えちぜんはなんどう」と読み、「ん」が入るのが子供の頃から時刻表を読んでいて気になっていた。
初めて駅名板をよくみてみたが、やはり「ん」が気になる。
発車してから、さっきまでは天下の北陸本線で路盤もよかったせいか気付かなかったが、
どうにも座席の背中側が振動している。
エンジンのちょうど上にでもあたったのか、どうもマッサージ機に座っているような感覚がある。
列車は車体を震わせながら平野部を走っている。
速度はかなり遅く、駅間も地方のローカル線にしては短いようだ。
春を感じさせるような日差しで、雪はもうないようだったが、
しばらく行くとまた雪が増え始める。
しかし太陽はすでに春のものでまぶしい。
その太陽が溶かした雪が水田にほどよい比率で混じって模様のようだ。
雪解け部分には残雪の残った山々の姿が反射してコントラストを描く。
湖沼地のような風景にも見え、水田の美は雪解けのころなのだと思う。
また雪山自体もこの日差しの中でいると神々しいほどで、
そろそろ季節の神が交代を促しているようにも思う。
そのような風景を抜けて越前大野に着く。
ここはこの路線の中心地で、ここを境に本数も変わる。
盆地であり、小京都の雰囲気を残す土地として知られるが、今日は降りられない。
しばらく停車していたが、交換の列車とほぼ同じくして駅を去った。
車窓からはそういう風情がわからなかったが、むしろいままでの景色からすると大都会のように思え、
都市面のほうに目が行った。
しばらくすると川を何度か跨ぐが、どれも橋が新しい。
今まで見てきた中にも妙に新しい橋が多い。
2004年の水害によるもので、橋が流出して2007年にようやく復旧したのだった。
そのときできた橋だから、新しくて立派に見えるのであった。
災害の爪あとを垣間見た。
川の流れはどれも比較的速いように見え、やはり水流も多く見える。
そのような川を新しい橋で渡りながら、長いトンネルを抜けた先が終点九頭竜湖であった。
駅は新しい。駅員は前は居たようだが今は居ない。
今来た列車が折り返すので、駅前を少し見てすぐ引き返す。
帰りの列車が発車してから、道路の温度計を見ると14度であり、やはりもう春らしいのだが、
九頭竜湖の近辺にはまだまだ雪があった。
行きとは乗る場所を変えたせいか踏み切りの名前がよく目に付いて、
その中には「郵便局前」などという名前もある。
先ほど見た景色を逆戻りして、一乗谷に着く。
片面ホームの無人駅で、周りは田んぼである。
待合室でさっき買った駅弁で腹ごしらえしてから出る。
駅前にはレンタサイクルがあるとの話であったが、
一般の自転車もありややこしい。
ようやく見つけたものは車輪が取れていたりする。
そのなかで比較的上ものを選んで乗る。
まずはすぐ近くの資料館に行った。
入館料は資料館単独だと100円で、復元町並みの観覧券つきは230円である。
どっちにしろなんとも安い。
共通券のほうにして、中に入る。
朝倉氏の歴史を中心に展示され、教科書でも見る朝倉館の復元模型を見る。
守備的機能はあまり感じ取れず、御殿という感じが強い。
守備面は一乗谷という地形や、上の山城に任せたのだろうか。
とにかく多種多様の器や生活用品があり、ここで多数の生活が営まれたことを語る。
ぼろぼろの包丁も展示されているが、これも重要文化財になっているらしい。
海外との交流を匂わせる品や、他地域との交易の形跡も見え、当時はここがかなりの都市であったことがわかる。
今度はここを出て一乗谷の遺跡の近くまで行く。
道は単純であって、川の前を曲がって踏切を越えていく。
春の田舎道を自転車で駆け抜けるのは気持ちがいい。
まず目に付くのは下城戸であって、当時はここからが町場であったようだ。
そのまま川沿いに進むと、一門の邸宅などがある。
平面復元地区というところでは、道路の区画の様子もしのばれる。
さらに進んで、朝倉館の跡につく。
歴史の本にはよくこの門の写真が出てくる。
だがこの門は後に作られたものだそうだ。
守備的な感じのあまりしない質素な門である。
近づいてみると意外と土地は大きく、背後は山になっている。
土塁と堀はあり、水がながれているが、雪解けのせいかあふれそうなほどであった。
館の中には茶室や客殿、庭園の跡といった文化的要素が多く見れる。
近くにある主館以外の館にもそれぞれ庭園があったようで、やはり文化水準が高かったのだろうか。
しかし壮麗な邸宅の跡は今はなにもなく、礎石などからそれを想像するしかない。
館の周囲や土塁は草むしていて、「兵どもが夢のあと」を思い出させるようであった。
人のすまなくなった家は荒れるというが、建物が何も残っていなくても少し寂しい感じがして
侘びさびの空間といった趣もある。

そのあと対岸に渡って復元町並みを見に行く。
博物館にはお決まりの模型やビデオ説明があるが、今日は時間があるのでそれをじっくり見る。
1本5分ほどのビデオも4本全部見た。
それによると工法や素材にもこだわって、なるべく当時の作り方を再現したという。
奥に進むと、この中は時代劇に使えそうな路地が再現されている。
通路はそれほど広くはない。東側の町屋は再現されているが、
西側の武家屋敷群などは遺跡のまま置かれている。
まず武家屋敷を除いてみると、意外と狭い。
それでもいまならマイホームを建てるには充分であるが。
中に入ると厠なども再現されている。
次に商家をのぞいてみると、それぞれ井戸もそなえていたようだ。
やはり現代の感覚から言うと、明かりが少ないせいか暗く感じる。
生活スペースはあまりなく、家族が多かったであろうに大変そうである。
発掘の成果から、かなり多種多用の商家や職人がいたようである。
先に進むといかにも現代の産物であるポリバケツや金だらいがおいてある家が数軒ある。
どうにも雨漏りらしいが、水はたまっていない。
昔の工法まで再現したせいであろうか。
やはり昔は一般家庭では雨漏りくらいは普通だったのかもしれない。
遺跡という物はプロが見れば役に立つが、その他の人には分かりにくい面が有る。
そこでここまで再現したという事には意義があるし、
ビジュアルに訴える事が重要だと思う。
それに料金も本物の社寺の類よりは安い。
それでも平日とはいえ、やはり客は少ないから大変なんだろうが、
文化を伝えようとする意志は伝わってくる。
この復元事業はこれからの史跡にとって一つの成果ありえるのではないかと思う。
これに続くものが出てくるかが重要なところであろう。
こういう施設がにぎわうのもよいが、このくらい静かでないと「学習」には向かない気もする。
あの広い館跡に一人でいると主人のようで気分が大きくなる気もする。
歴史との一対一の対話が出来たとかいうのは言いすぎであろうか。
長年埋もれていて、掘り出された歴史と今日ここで合間見えるのも本当は奇跡的なことだと思う。
この狭い谷の中に細長く形成されたこの町では、戦国の農村とは違った町場のイメージが描けるが、
それはなかなか文化的な生活であっただろう。
しかし、少し奥まったところにあったせいか手狭でもあり、信長に敗戦後は町の機能は他に移ってしまう。
町に求められる性質が守備的なものから便利さに変わっていく過程でもあったのかもしれない。
それが今となってはかえって保存をよくしたのかもしれないし、
まわりにさえぎる物がないから復元された町並みからは余計な物が見えないのも利点である。
こうしてあちこちをゆっくり見て帰ると、所要時間は2時間ほどであった。
自転車だと駅から館跡のエリアまで10分ほどであった。
急いで回れば資料館も込みで1時間~1時間半ほどで回れるのではないだろうか。
あれほどゆっくり見たはずなのに次の列車までまだ1時間は残ってしまった。
田舎の駅の待合室で心地よい疲労を抱えて座っているのは意外と悪くない。
案外すぐに時間が過ぎて帰りの列車が来た。
今回の一連の旅行の中で始めて観光地らしいところに寄り道したが、
期待以上の経験になったと思う。「歴史は足で稼ぐ」ということがわかった気がする。
いままであまり地方に行っても駅から出てこなかったのは勿体無かった。
こういうのが本当の18きっぷの使い方であったと今更思ったのであった。

福井駅名板。越美北線
越美北線列車
九頭竜湖駅
九頭竜湖駅名板
一乗谷駅名板
一乗谷駅構内
駅弁・鯖姿すし
駅弁・鯖姿すし
下城戸
下城戸
朝倉景鏡屋敷跡
朝倉景鏡屋敷跡
平面復元地
朝倉館土塁
朝倉館土塁
朝倉館内部
朝倉館内部
朝倉館内部
館跡庭園
湯殿庭園跡
諏訪館跡庭園
朝倉館・唐門
復原町並
復原町並
下城戸
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